三人の印鑑職人、それぞれ個性あふれるその作風

山本石州が得意とした「篆書古印」。「田中角栄」はその代表作。」
小林吉重の脚長文字、「大平正芳」はその集大成」
松崎秀碩の雄大な作風、「鈴木善幸」は全盛時の代表作。
山本石洲作「田中角栄之印」部分拡大印影

山本石洲翁の作風を一言で表せば、まさに「変幻自在」。

卓越した技術と天性のセンスに裏打ちされた作品群は、
一点ごとに異なる、それぞれ豊かな表情を持ち、
同じ一人の職人の手から生まれたとは信じがたいほど。

なかでも最も得意としていたのが「篆書古印」という、
中国渡来の篆書と日本で生まれた大和古印体との混合書体です。

太く伸びやかな篆書に、大和古印体独特の丸みを加え、
さらには意図的に文字線の一部を欠落させる「虫食い」や
線が交差する部分を太く表現する「墨だまり」技法により、
文字をより立体的、絵画的に表現する、難易度の高い書体です。

中でもこの「田中角榮之印」は「篆書古印」書体の傑作です。
縦画の微妙な湾曲や、特に「榮」において顕著な虫食い表現は
「篆書古印」を最も得意とする石洲翁ならではの超絶技巧で、
当時「ブレーキの壊れたダンプカー」と称された
田中角栄元首相のダイナミックな人柄をよく表しています。

小林吉重作品「大平正芳」部分拡大印影

三木武夫、福田赳夫に続く「小林吉重・首相印鑑三部作」の
掉尾を飾るのが、この「大平正芳」です。

これより前の三木、福田両首相の印鑑においては、
石洲作風の影響が色濃く残っているように感じられますが、
本作においては、磨きのかかった円熟味と共に、
吉重師ならではの新しい表現方法が確立されています。

その1つは、文字の重心が上部に集約されている点。
各文字の横画(線)を持ち上げ、上部に集中配置することで、
文字の下部には意図的な余白が生まれます。
その空間を泳ぐように舞う縦線はくっきり浮かび上がり、
まるで八頭身美女のような「脚が長く艶っぽい文字」となって
見る者に鮮烈な印象を与えます。

さらに脚をより長く見せるために、「平」と「芳」において、
下部の空間を泳ぐかのように、線に大胆な屈曲を施しています。
加えて「芳」の草冠において特に顕著ですが、
文字の先端を、まるで笹の葉のように先細りさせています。
これは晩年の吉重師が到達し得た、実に「洒脱な」新境地です。

松崎秀碩作品「鈴木善幸」部分拡大印影

本作における秀碩師の作風と、前出の二人とそれの違いは明白。

まず基本的に線の太さがほぼ一定で、スッキリとしています。
それでいて全体としては伸びやかで雄大な印象を受けます。

しかしよく見ると、どの文字線も微妙なカーブを描いていて、
それが作品全体にどこか柔和なイメージを持たせています。
また「鈴」の「令」の下部に大胆な曲線処理を施すことにより、
重厚な中にも動きのある、軽やかな一面が浮かび上がってきます。

秀碩師は常々「文字全体と外枠とのバランスが最重要」と言い、
後進の指導に際しても、その点を最も強調していました。
本作においても綿密な印面(彫刻面)構成が成されており、
その結果、「木」の下部の空間もまったく冗長感を受けません。

秀碩師は「文字は作品、空間は下地、外枠は額縁」とも説きます。
常に全体の調和と整合性を尊ぶ、そんな師の穏やかな人柄が、
本作に結実しているかのようです。


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